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都通研 第2回研修会 講演冊子「つきまとう影」1 [都通研]

2004年 7月8日 東京都障害者通所活動施設職員研究会 第2回研修会 講演冊子1
                                  
この話は、都通研講演会で配布した内容です。ブログでも公開したのですが、
何故か再三のブログ強制削除の対象になった文章です。改めて読んで見ると、
私達のレベルの自閉症つまりアスペルガー症候群の特徴がギッシリ、
濃密に詰まっているのでさらに分かり易く解説する事にします。
本当に極少数のアスペルガー症候群の子供に接し、何か不思議な感覚を
確かめたくてこのサイトに辿り着いたさらに少数の教育者に向けて書きます。
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都通研にて講演を依頼されたときに、簡単な冊子を用意出来るという
ことだったのでこの原稿を用意しました。
私の講演は自閉症を科学的側面から切り込んだものですが、
この冊子の内容は、コンピューターで言うと「ソフトウエア」の
側面から切り込んだものです。

どちらも「SAM」あるいは「自己意識」という同一のものについて
語ったものですが、両側面から見つめることで、よりその輪郭が
はっきりするはずです。( 徹 )
Scan0064.jpg

「つきまとう影」    美代子 専業主婦 48才



   えっとぉ、
   自閉症の人なら誰でもこの障害を正しく理解して欲しい、
   自閉者に生まれついた自分たちのつらい思いや悲しい気持ちを
   わかって欲しいと願っています。だって私は、自閉症の能力の高い
   一端に位置するアスペルガー障害なのですから…。
   言葉のない、あるいは発言の機会を持たない、
   自閉の仲間たちが日頃感じている
   自閉者の困難について、自らのサヴァン
   としての才能を生かし、情報を再流通(うけうり)
   させようと決心しました。
   だってそれが宇宙人である私の地球での使命であり
   障害を商売に利用した罪ほろぼしなのだから。(笑) 





実は、自閉症とは生物学的に、
冒頭のような発言が「出来ない」。




あるいは発言を聞いたところで、発言を構成するエレメントの、
どれをとっても、
自分の事だと思い当た「れ」ない人々の事です。





日本に於けるこのような、「本人発言」こそが、
自閉症が誤解される要因になっているのを
ご存知でしょうか。






別に発言者がアスペルガー症候群ではないと言う訳ではないのです。
正式に診断されているならそうなのでしょう。
しかし、その場合は、まっとうな一市民として、
悪質かつ重大な医療過誤の可能性を指摘するだけです。





大抵の医療過誤は悲劇です。
しかし患者が喜んで受け入れ、
周囲がそれを支持している場合は、
どうなのでしょう。
悲しむべきは、現時点で、こういう人のビジネスに於ける受け皿が、
自閉症に「なる」以外なく
又それに対するニーズが一方にあるという
不条理でしょう。





進行上やむなく、疑わしい「本人発言」プロファイリングしながら、
まさに今私は、体がガクガクし、動悸が激しくなり
心臓を鷲掴みされるような、身をよじるような、

その人に唾を吐きかけたくなるような、
或いはどうしようもない無力感に襲われるような、
複合的なフラストレーションに見舞われた記憶を、
丹念に辿っています。





しかし自閉症の為、フラストレーションに陥った際の、
これら身体感覚を統合し、
おぼろげながら概念化するのに、
丸四年かかってしまいました。





その概念とは、恐らく「濡れ衣」を着せられ、
「そんな自閉症、私の事じゃない!」と弁護士なしで闘いながら、
「はい、実は私のほうが自閉症ではなかったのです」と、嘘の自白をしてしまいそうな、
その狭間で4年間、揺れ動いた「心情」というものに、近いのではないかと、
考えられますが、これが私の概念化の限界です。



つづく・・・


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「つきまとう影」2 [都通研]

2004年 7月8日 東京都障害者通所活動施設職員研究会 第2回研修会 講演冊子2
                                  
この話は、都通研講演会で配布した内容です。ブログでも公開したのですが、
何故か再三のブログ強制削除の対象になった文章です。
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Scan0060.jpg


その概念とは、恐らく「濡れ衣」を着せられ、
「そんな自閉症、私の事じゃない!」と弁護士なしで闘いながら、
「はい、実は私のほうが自閉症ではなかったのです」と、嘘の自白をしてしまいそうな、
その狭間で4年間、揺れ動いた「心情」というものに、近いのではないかと、
考えられますが、これが私の概念化の限界です。









お聞きします。正常な人が、これを一言で言うと、
どういう感情を表す言葉になるのですか?






私の機能レベルでは、「悲しいという事がわからない、誰か教えて」
という事はありません。
しかしこのような複雑な事情が交錯するシーンに於いては、
私の言語能力を以てしても、
一体全体、どんな感情を表す語彙が相当するのか、
四年の歳月を費やしても、完全な概念化が不可能なのです。







いかがですか?一見正常な人に見える、
48歳の大人のアスペルガー症候群の私でさえ、この体たらくなのです。







自閉症の「仲間」「思い」ひっくるめて「概念化」し、
代弁するどころ騒ぎではありません。









こういう自称・アスペルガーの人が語る(騙る)
「見てきたような自閉症本人の内部世界」に、








どれだけのストレスやダメージを与えられ続けてきたか
記憶を辿り推理すれば、恐らく正常な人なら、
「憤死してしまいそう」な感情に、常時襲われていたと推測
されますが、これとて自信がありません。








現在私は、そういう危機的な状態にありません








ではどういう状態かと言えば、
ひとつはそういう身体感覚に襲われずにこれを書ける状態。







もうひとつは数時間前に、抗うつ剤を服用したという事実。









この二つの複合状態に於いて、これを書いています。






しかし、書けば、やはり同様な感覚が蘇ってくるのは、否めません。








それでも私自身が書く以外に、
「私」を助ける手段はありません。








社会的に不適切だからと、誰かが私からこの「こだわり」を
取り上げようとすれば、私は激しく抵抗します。








なぜならそれは、
自閉症のストレスから私を救ってくれるはずの







唯一の人(=私)から、その為の救出メカニズム
研究材料(=自称・アスペルガーの人の分析)を、
根こそぎ奪う事を意味するからです。









抗うつ剤の処方には、
自閉症に詳しい精神科医の診断が不可欠です。








今回は、三年前得た診断名を『似合わない』と言われた
地域社会での体験が、








自称・アスペルガーの人が私に与えるストレスと、
地下水脈でどうやら繋がっていることに、気付く工程を、公開致します。



つづく・・・



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「つきまとう影」3 [都通研]

2004年 7月8日 東京都障害者通所活動施設職員研究会 第2回研修会 講演冊子3
                                  
この話は、都通研口演会で配布した内容です。ブログでも公開したのですが、何故か再三の
ブログ強制削除の対象になった文章です。
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Scan0059.jpg

今回は、三年前得た診断名を『似合わない』と言われた
地域社会での体験が、
自称・アスペルガーの人が私に与えるストレスと、
地下水脈でどうやら繋がっていることに、気付く工程を、公開致します。





延々「ストレス」「こだわった」
ストレスまみれの自閉症の人の、
難解で退屈極まりないお話
さあ、ようこそ私の自閉症の世界へ!







     『我自閉症、ゆえに我あり 』






私はアスペルガー症候群という、一言で言えば、しゃべる自閉症です。
その私が、自閉症をまったく知らない人に、
自閉症とは何かを説明するとしたら、多分こうなります。






古来より、「人は誰でも」とか、「人というものは」とか、
「人という字は」という言い方で括ると、
なぜかはみ出してしまう人々がいる。






その中に、はずれ具合に特徴的なパターンがあり、
とても偶然の一致とは思えない奇妙な一群がある。





男が多いが女もいる。子供もいれば大人もいる。





知能指数の分布も広範囲で、
まったく口を利かない重度の知的障害の者がいる一方、
ノーベル賞受賞者もいる。






不思議なことに、重度の子でさえ
ある種天才的な技能を持つ事があるという点で、
ノーベル賞受賞者と似通ってさえいる。





普通の家庭に突如として出現する事もあれば、
似通ったパターンで代々続いている家庭もある。






一体どこがどう奇妙なのか、さっぱりわからないが、
奇妙さ自体は万国共通である。






近年の研究の結果、この一群には、
人があまねく持っている「心」がないという点で、
共通しているという事がわかった。








心がないなんて、まさか・・・・・






では、心を持たない一群は人ではないのかと言えば、
歴としたヒトである。





ヒトが心なしで生きていけるのかと言えば、
現に生きているのだから、仕方ない
(としても、どうも腑に落ちない)





心という字が醸し出すイメージが紛らわしい。






いっそ心を「ココロ」と言い換え、
それをある特定の脳内ネットワークの名称だと考える。
それ生まれつき「ない」一群を、ある障害名で括ると、
見事奇妙さの謎がとける。






それが自閉症である。






その実体は、最先端の研究によって裏付けられている








では自閉症とは、単なる脳機能障害なのか?







自閉症に取り憑かれた研究者たちは、口を揃えてこう言う。

心とは何か?心を持つ自分とは何者か?
心を持たないヒトとの違いは何か?

そもそも正常とは何か?
そう、人を哲学者にしてしまう、と。







話変わって、私の外見はというと、ご覧頂いてわかる通り、
人が自閉症をイメージする際のそれらしい雰囲気はありません






もし『レインマン』に扮するダスティン・ホフマン
とが並び、さあどっち!とやれば、






まず十中八九「プロの演技者」選ぶでしょう。



つづく・・・


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